畠鉱山(読み)はたこうざん

日本歴史地名大系 「畠鉱山」の解説

畠鉱山
はたこうざん

[現在地名]協和町荒川 畑の沢

荒(あら)川と宮田又沢(みやたまたさわ)川の合流点の南側の畑(はた)山にあり、上淀川(かみよどかわ)から一里余北である。

天正一九年(一五九一)開坑と伝えられ、おもに金・銀を産出する。佐竹氏が秋田に入った直後、「度々御奉行、御検使被仰付置候、院内銀山同様にて大盛有之候」(秋田領内諸金山箇所年数帳)と近世初頭の状況を伝えるが、慶長後半には衰退して、元和年間(一六一五―二四)には受山になった。

「梅津政景日記」元和七年六月二五日条に「はた銀山俄ニ能罷成たる由」とあり、翌月より近くの荒川鉱山と同じく奉行山とすることとした。「月の出羽路」には「畑銀山の栄活(なほり)堀り得て賑(にぎ)はゝしかりしは寛文の年(ころ)ほひといへり」と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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