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疇人伝 ちゅうじんでんChou-ren zhuan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

疇人伝
ちゅうじんでん
Chou-ren zhuan

嘉慶4 (1799) 年,数学者の李鋭らの幕客の協力によって完成し,阮元によって刊行された中国歴代の数学者,天文学者の伝記。 46巻。疇人という言葉は『史記』「暦書」に初めて用いられたが,いわゆる暦算学者のことをさす。阮元は,数学は宇宙万物の理法に合致すると考え,暦算の学は儒者が当然研究すべき学問だとした。こうして編まれた『疇人伝』には,伝説上の黄金時代から,清朝までの中国人 243人,西洋人 37人の数学者,天文学者が収録されており,乾隆・嘉慶時代の中国伝統数学の復興に寄与した。しかし,楊輝や朱世傑,清初の明安図などの伝記が欠けていたため,19世紀初めの数学者も含めて,羅士琳が『続疇人伝』 (6巻,1840) をまとめた。これらの仕事を受継ぎ,華世房が『近代疇人著述記』 (84) ,諸可宝が『疇人伝三編』 (7巻,86) ,黄鍾駿が『疇人伝四編』 (98) を編んだ。

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世界大百科事典 第2版の解説

ちゅうじんでん【疇人伝 Chóu rén zhuàn】

中国の天文学者の伝記集。《史記》暦書に〈疇人〉の語があり,天文学者を指すと解せられる。清朝の大官であり学者としても有名な阮元は上古の伝説上の人物からはじめ清朝に至る中国人天文学者(数学者を含む)270人,西洋人天文学者41人の伝記を編集し,1799年(嘉慶4)の序を付して刊行した。これが《疇人伝》46巻である。その後,羅士琳は続篇(巻47‐52)を書き,さらに諸可宝が《疇人伝三篇》7巻を著した。【藪内 清】

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世界大百科事典内の疇人伝の言及

【中国数学】より

…《算経十書》が再発見され,李冶,朱世傑などの天元術に関する研究が流行するようになった。また暦算学者の列伝である《疇人伝》(1799)が阮元の下で編集された。19世紀に入って焦循,汪萊,李鋭などによってやや独創的な研究が行われたが,ヨーロッパ数学とのへだたりは大きくなるばかりであった。…

※「疇人伝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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