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阮元 げんげん Ruan Yuan

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

阮元
げんげん
Ruan Yuan

[生]乾隆29 (1764)
[没]道光29 (1849)
中国,清の学者,書家,文学者。儀徴(江蘇省)の人。字は伯元。号は芸台(うんだい)。諡は文達。乾隆54(1789)年進士に及第。山東,浙江の学政,浙江,江西,河南の巡撫,両広,雲貴の総督を歴任,道光18(1838)年体仁閣大学士を最後に辞任した。

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デジタル大辞泉の解説

げん‐げん【阮元】

[1764~1849]中国、の学者・政治家。儀徴(江蘇省)の人。字(あざな)は伯元。号、台(うんだい)。戴震(たいしん)の学を継承、多くの人材を集め、考証学の振興に努めた。編著「経籍籑詁(けいせきせんこ)」「皇清経解」など。

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百科事典マイペディアの解説

阮元【げんげん】

中国,清代の政治家,学者。江蘇の人。1789年進士。江西巡撫,両広総督等を経て1835年体仁閣大学士,1846年太傅となる。戴震の学問を継承しつつ,大官として学術を奨励,広州に学海堂,杭州に詁経精舎を建て人材を養成した。

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世界大百科事典 第2版の解説

げんげん【阮元 Ruǎn Yuán】

1764‐1849
中国,清の政治家・学者。儀徴(江蘇)の人。字は伯元。1789年(乾隆54)進士となり,累進して浙江・江西・河南の巡撫,湖広・両広・雲貴の総督などを歴任し,体仁閣大学士となった。清朝中期の大官として各方面に治績が多かった一方,学者としては宋学を排して漢学を宗とし,直接には戴震の学問を継承して言語や文字の研究から古代の制度や思想を解明しようとした。しかしその学問領域はきわめて広く,乾隆・嘉慶年間(1736‐1820)における考証学集大成者で,詁経精舎(こけいしようじや)(浙江),学海堂(広東)を設立して学術を振興し,多くの学者を集めて書物の編纂事業を統督し,学界に貢献した。

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大辞林 第三版の解説

げんげん【阮元】

1764~1849) 中国、清代中期の政治家・学者。江蘇省の人。字あざなは伯元。号は?うんだい。要職を歴任し、学術の振興に尽くした。乾隆・嘉慶期の考証学の集大成者。編著「経籍籑詁けいせきせんこ」「皇清経解」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

阮元
げんげん
(1764―1849)

中国、清朝(しんちょう)中葉後期の学者、政治家。字(あざな)は伯元(はくげん)、号は雲臺(うんだい)または(うんだい)。江蘇(こうそ)省儀徴(ぎちょう)県の人。儀徴に近い揚州(ようしゅう)に生まれる。1789年(乾隆54)の進士。乾隆帝の知遇を受け、浙江(せっこう)・江西の巡撫(じゅんぶ)、両広(広東(カントン)・広西(カンシー))・雲貴の総督を歴任して政績をあげ、よく各地で学者を育成して編纂(へんさん)事業を企画完成させ、すでに爛熟(らんじゅく)期にあった清朝経学を集成した。漢唐の訓詁(くんこ)の集録『経籍(けいせきせんこ)』、日本の江戸中期の儒学者山井鼎(やまのいかなえ)(崑崙(こんろん))の『七経孟子考文(しちけいもうしこうぶん)』をみての『十三経注疏勘記(じゅうさんけいちゅうそこうかんき)』、暦算学者の伝記『疇人伝(ちゅうじんでん)』、清初以来の古典注釈の成果を集録した『皇清経解(こうせいけいかい)』、友人子弟の著を収録した『文選樓叢書(もんぜんろうそうしょ)』などがある。その詩文集は『経室集(けんけいしつしゅう)』という。道光29年10月13日揚州で卒(しゅっ)し、文達と諡(おくりな)された。[近藤光男]

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世界大百科事典内の阮元の言及

【佚存叢書】より

…宋の欧陽修の《日本刀歌》に,〈徐福行く時書未だ焚(や)かれず,佚書百篇今なお存す〉とあるのによって名づけた。刊行は清の嘉慶年間(1796‐1820)に当たるが,阮元(げんげん)は早速この中から《五行大義》《両京新記》などを取り,自分の編集する《四庫未収書目提要》中で紹介した。中国で全体の写真複製も行われ,今日のわれわれは中国版を手に入れるほうが容易である。…

【金石学】より

… 元・明時代,金石文の研究は一時下火となったが,清代,考証学の興隆とともに再び活発化した。1755年(乾隆20),乾隆帝は徽宗にならって図録集《西清古鑑》40巻を勅撰して気運を盛り上げ,1804年(嘉慶9),阮元(げんげん)が薛尚功を継承して《積古斎鐘鼎彝器款識》10巻を刊行した。この書は,こののち器形からひとまず離れ銘文だけを研究する清朝金文学,文字学に大きな影響を与えた。…

【経籍籑詁】より

…訓詁形式の字書。中国,清の阮元の著。唐以前の古書の本文ならびにその注釈の中から,訓詁ないし訓詁的な表現を選び出し,〈平水韻〉に従って配列したもの。…

【皇清経解】より

…《学海堂経解》とよばれる。両広総督の阮元が厳杰(げんけつ)に命じて編集させ,1829年(道光9)に完成し出版された。188種,1400巻。…

【書】より

…なかでも鄧石如は古碑によって篆隷を深く究め,また北碑を学んで,碑学の開山となった。阮元が〈南北書派論〉〈北碑南帖論〉を著して北碑を書の正統として以後,この説は包世臣の《芸舟双楫》さらに康有為の《広芸舟双楫》などによって補訂され,北派の理論がうちたてられた。これにともない,実作面でも北碑の素朴な書に美の発揚を求めたり,あるいは碑帖を兼習したり,さらに金文,石鼓文,甲骨文にも書作の材料を求める者が現れ,百花斉放の観を呈するにいたった。…

【帖学】より

…この惰性をうち破り,帖学を刷新したのは明末の董其昌(とうきしよう)であった。しかし清朝半ば,阮元が《南北書派論》《北碑南帖論》を発表して碑学を主張して以来,碑学が尊重されるようになった。そこには,金石学の興隆にともなって新たな碑が相ついで発見されたことも大きく影響している。…

【書論】より

…一方,清朝の後半になると,考証学の一分野として金石学が発達するに伴い,碑学派の書が勃興した。この派の書論として,まず阮元(げんげん)が《南北書派論》《北碑南帖論》を書いて,書に南北の別のあること,漢・魏以来の書の正統は,南朝の法帖ではなく北朝の碑碣(ひけつ)によって伝えられたとした。この説は包世臣の《芸舟双楫》,康有為の《広芸舟双楫》などによって多少の修正を加えられながら受けつがれ,日本の近代書道にも大きな影響を与えた。…

【中国文学】より

…四六文を駢文とよぶのも清朝人の与えた名称である。駢文の熱心な提唱者は阮元(げんげん)で,その一派を儀徴派とよぶ。清朝では,こうして古典的な諸様式のすべてが復活した。…

【疇人伝】より

…《史記》暦書に〈疇人〉の語があり,天文学者を指すと解せられる。清朝の大官であり学者としても有名な阮元は上古の伝説上の人物からはじめ清朝に至る中国人天文学者(数学者を含む)270人,西洋人天文学者41人の伝記を編集し,1799年(嘉慶4)の序を付して刊行した。これが《疇人伝》46巻である。…

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