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白石城 しろいしじょう

日本の城がわかる事典の解説

しろいしじょう【白石城】

宮城県白石市中心部の益岡公園付近にあった平山城(ひらやまじろ)。1088年(寛治2)の後三年の役で、戦功により白石を与えられた刈田左兵衛尉経元が築城したのがその始まりとされる。その後、地元の土豪・白石氏の居城となり伊達氏の勢力下に入った。1590年(天正18)の豊臣秀吉の奥州仕置で蒲生氏郷(がもううじさと)の城となり、その後、会津に転封された上杉景勝(かげかつ)の属城となった。1600年(慶長5)、徳川家康が上杉討伐の軍を起こすと、それに呼応した伊達政宗(だてまさむね)が白石城を奪い取った。その後、政宗側近の片倉(小十郎)景綱が城主となり、その後明治維新まで片倉氏の居城となった。江戸幕府は1615年(元和1)、一国一城令を布告し、各藩に大名が居住あるいは政庁とする城一つを残して、そのほかの城をすべて廃城にすることを命じたが、白石城は例外的にその存続を認められている(仙台藩内のそのほかの支城は廃城となったり、要害と名を変えて存続することになった)。戊辰戦争下の1868年(明治1)、奥州14藩の代表はこの城で会同し、この会同は奥羽越列藩同盟の結成につながった。戊辰戦争後、盛岡から転封された南部家の居城となったが、その後破却され、1875年(明治8)に売却されている。その売却代金は片倉家の北海道移住の資金に充てられたといわれている。このとき、城の建物は解体されてしまったが、1995年(平成7)に三階櫓(さんがいやぐら)(天守閣)と大手門が復元されている。JR東北本線白石駅から徒歩約10分。◇益岡城、枡岡城とも呼ばれる。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

世界大百科事典内の白石城の言及

【白石[市]】より

…阿武隈川の支流白石川の流域にあり,白石盆地の南半を占める。中世に白石氏が拠った地で,近世には仙台藩領の南の要所を占め,重臣片倉氏が白石城に居城し,城下町が形成された。仙台・松前道の宿駅でもあり,2・7日の六斎市が立ち,片倉氏が奨励した和紙などが取引された。…

※「白石城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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