百次城跡(読み)ももつぎじようあと

日本歴史地名大系 「百次城跡」の解説

百次城跡
ももつぎじようあと

[現在地名]川内市百次町

百次川右岸の標高二二メートルを最高所とするシラス台地先端に築かれた山城跡。古くは上野(うえの)城と称し、また岩田城ともいう(三国名勝図会)。「三国名勝図会」は薩摩郡司忠友(上野太郎)を、「薩隅日三州他家古城主来由記」は薩摩郡司忠友の弟上野忠宗を最初の城主としており、その子孫が上野氏となったという。建武四年(一三三七)一一月の延時法仏軍忠状(川上氏系図)にみえる守護島津氏方の上野良国は忠宗の子孫で、この頃当城を本拠としていたのではないかと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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