百沢寺跡(読み)ひやくたくじあと

日本歴史地名大系 「百沢寺跡」の解説

百沢寺跡
ひやくたくじあと

[現在地名]岩木町百沢 寺沢

真言宗智積ちしやく(現京都市東山区)に属し、岩木山(慈恩山)光明院と称した。岩木山三所大権現(現岩木山神社)別当寺であったが、明治三年(一八七〇)別当が廃止となり、翌四年廃寺となった。

延暦一五年(七九六)坂上田村麻呂開基とし、施暁開山として岩木山の北麓、現弘前市の十腰内とこしないに創立され、その後別当は南部の天台宗観音院が当たった時期があったという。寛治五年(一〇九一)神託によって一〇〇の沢を越して南麓へ移り、百沢寺と称した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む