皆川城跡(読み)みながわじようあと

日本歴史地名大系 「皆川城跡」の解説

皆川城跡
みながわじようあと

[現在地名]栃木市皆川城内町

永野(ながの)川とその支流柏倉(かしわぐら)川に囲まれた城(しろ)山(一四七・三メートル)を中心とした中世末期の城館跡。その形態から螺貝(ほらがい)城とも。城山に築かれた主郭は東西四三〇メートル・南北四八〇メートルで、土塁がめぐる。郭内東部に本丸、西部に西丸、この東西線のやや北にも郭がみられるが、主郭の東の白山台(はくさんだい)にも館跡があり、南方の太平(おおひら)山連山も外郭として位置付けられる。「下野一国」には皆川山城守城跡として、高さ七〇間、本丸五〇間四方、本丸の堀とり廻一二〇間、深さ七尺などと記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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