皇后崎(読み)こうがさき

日本歴史地名大系 「皇后崎」の解説

皇后崎
こうがさき

かつて洞海(どうかい)湾に突き出していた岬で、割子(わりこ)川河口部の右岸に位置していた。古く湊として機能し、神功皇后が洞海(くきのうみ)を船で通った時、「しはらくとゝまり給ひし」ところとの伝承がある(続風土記)。近くには王屋敷(おうやしき)という字名も残り、これも皇后の伝承に関連する地名という(「地理全誌」など)。寛文年中(一六六一―七三)福岡藩が黒崎(くろさき)湊の整備を計画した際、すでに当地の地先は干潟(穴生潟)となっていたが、幕府には新湊の構築ではなく、皇后崎湊の再興という名目で届出がなされた(新訂黒田家譜・北九州市史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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