益田四郎時貞(読み)ますだしろうときさだ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「益田四郎時貞」の意味・わかりやすい解説

益田四郎時貞
ますだしろうときさだ

[生]元和7(1621).肥後
[没]寛永15(1638).2.28. 長崎
江戸時代前期,島原の乱の指導者。天草四郎とも呼ばれる。父は益田甚兵衛好次で,小西行長の家臣。主家の滅亡後,肥後宇土郡に住み,のち天草の大矢野郷で農耕に従事したといわれ,幼少の頃肥後熊本の細川忠利の家中須佐美 (すさみ) 半之丞の小姓をつとめたこともあるという。その後学問をするため長崎へ行き,ここでキリシタン信仰に入って洗礼を受けたと考えられる。洗礼名ジェロニモ。寛永 14 (1637) 年 11月島原の乱の首領に推され,有馬氏の故城である原城に籠城したが,同 15年2月討死,長崎で梟首された。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む