直根郷(読み)ひたねごう

日本歴史地名大系 「直根郷」の解説

直根郷
ひたねごう

近世矢島藩八郷の一つで、鳥海川・直根川の沿岸一帯をさし、宝暦八年(一七五八)御領分覚書(山懐の村)によれば、さいかみ村・猿倉さるくら村・下直根しもひたね村・前沢まえざわ村・中直根なかひたね村・上直根かみひたね村・百宅ももやけ村・高野台こうやのだい村の八ヵ村からなり、

<資料は省略されています>

とあり、新田高は極めて少ない。田畑の面積は明治初年で一三〇町九段四畝、四九町七段六畝(羽後国由利郡村誌)耕地大部分は河岸段丘上にあり、河床が低いため用水を得ることが難しかった。

鳥海山の東斜面に位置するため、人家のほとんどが標高一八〇メートルから三九〇メートルの間に散在しており、冷害に襲われやすい地帯であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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