相川野(読み)あいかわの

日本歴史地名大系 「相川野」の解説

相川野
あいかわの

[現在地名]雄和町相川

雄物川左岸、戸賀沢とがさわ村と相川村の中間にある約六七ヘクタールの河岸段丘下野したのまたは相川野とよばれる原野で採草入会地。宝暦五年(一七五五)の「草飼場入会」(戸米川村誌)によれば、入会地の範囲は西は関切、北は丸谷地切と示され、東は雄物川、南は戸賀沢村北西の谷間を限りとしたと推定される。入会権は相川・女米木めめき・戸賀沢の三村が持ち、「右入会三ケ村草取候定之義、相川村にて春より秋更迄勝手次第に刈取申候、女米木村・戸賀沢村は五月節句より八月朔日迄入会草取申定に御座候」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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