相馬益胤(読み)そうま ましたね

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「相馬益胤」の解説

相馬益胤 そうま-ましたね

1796-1845 江戸時代後期の大名
寛政8年1月10日生まれ。相馬祥胤(よしたね)の4男。兄相馬樹胤(むらたね)の隠居により文化10年陸奥(むつ)中村藩(福島県)藩主相馬家11代となる。倹約励行,新田開発などの藩政改革により天保(てんぽう)の飢饉(ききん)をきりぬけた。文政5年藩校育英館をおこした。弘化(こうか)2年6月11日死去。50歳。名は「ますたね」ともよむ。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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