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真紹 しんしょう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

真紹 しんしょう

797-873 平安時代前期の僧。
延暦(えんりゃく)16年生まれ。真言宗。空海に師事し,承和(じょうわ)10年(843)東寺の実恵(じちえ)より灌頂(かんじょう)をうけ,日本真言第3の阿闍梨(あじゃり)となる。14年東寺二長者。のち京都東山に禅林寺を建立した。少僧都。貞観(じょうがん)15年7月7日死去。77歳。俗姓は池上(いけがみ)。通称は禅林寺僧都,石山僧都

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

真紹

没年:貞観15.7.7(873.8.3)
生年:延暦16(797)
平安前期の真言宗の僧。「しんしょう」ともいう。禅林寺の開山。池上氏出身。10歳で空海に師事して密教修学を開始。承和10(843)年東寺で実恵から伝法灌頂を受け,日本真言第3の阿闍梨(密教の秘法伝授の師)となったが,空海の血縁者であった真雅,真然らに比べれば,活躍の場は少なかった。貞観5(863)年9月,自ら造立したものの安置する場所のなかった仏像のために京都東山にあった藤原関雄の邸宅を購入し,禅林寺を建立。弟子に宗叡など。<参考文献>守山聖真編『文化史上より見たる弘法大師伝』

(正木晃)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典内の真紹の言及

【観心寺】より

…808年(大同3)空海がこの地を巡錫したとき境域に北斗七星を勧請し,815年(弘仁6)七星如意輪観音(しちせいによいりんかんのん)を刻して本尊とし観心寺と改称したと伝承する。《権少僧都真紹付属状》(868)によれば827年(天長4)空海の孫弟子真紹が山野を切り開いて堂舎を建立したと記録しており,《観心寺勘録縁起資財帳》(883)には真紹の師実恵(じちえ)の建立として観心寺の創建に実恵の影響の大きかったことを物語っている。創建当初は如法堂・講堂・経蔵・宝蔵・僧房・大衆院などの建物が存し,主要堂宇に真言密教草創期の仏像や仏画・仏具が収められていた。…

【禅林寺】より

…山号を聖衆来迎山,院号を無量寿院といい,一般には永観堂の名で親しまれる。空海の弟子真紹は仁明天皇の厚遇に報いるため河内の観心寺に五仏を安置したが,辺地の縁に乏しいことを嘆き,855年(斉衡2)上表して藤原関雄の東山の山荘を買得し,一宇を建立して五仏を安置し,鎮護国家の道場としたのが初めである。2世の宗叡は真紹の甥で清和天皇に進講し,863年(貞観5)天皇は禅林寺の寺名を下して定額寺とし,877年(元慶1)には山城愛宕(おたぎ)郡の公田4町が施入された。…

※「真紹」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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