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実恵 じつえ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

実恵 じつえ

じちえ

実恵 じちえ

786-847 平安時代前期の僧。
延暦(えんりゃく)5年生まれ。真言宗。空海に師事し,師の高野山開創をたすける。河内(かわち)(大阪府)に観心寺をひらき,承和(じょうわ)2年(835)師の跡をついで日本第二の阿闍梨(あじゃり)と称され,翌年東寺長者2代となる。東寺伝法会(え)をはじめ,教学の振興につくした。承和14年11月13日(一説に12月12日)死去。62歳。讃岐(さぬき)(香川県)出身。法名は「じつえ」ともよむ。俗姓は佐伯。通称は檜尾(ひのお)僧都。諡号(しごう)は道興大師。著作に「檜尾口決」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

実恵

没年:承和14.11.13(847.12.24)
生年:延暦5(786)
平安初期の真言宗の僧。「じちえ」ともいう。讃岐国(香川県)の人。俗姓は佐伯氏。大安寺の泰基から法相宗を学ぶ。のちに空海から灌頂を受け,神護寺(京都市右京区)の寺主となる。天長4(827)年に河内国に観心寺(河内長野市)を創建。空海の死亡後,承和3(836)年に東寺長者となり,同10年に同寺に伝法・結縁の灌頂を創始し,真紹に授法した。綜芸種智院を売却し,その収益で東寺の伝法会を始め,高野山の経営にも尽力した。少僧都となり,檜尾僧都と呼ばれた。諡は道興大師。<参考文献>守山聖真『文化史上より見たる弘法大師伝』

(岡野浩二)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の実恵の言及

【観心寺】より

…808年(大同3)空海がこの地を巡錫したとき境域に北斗七星を勧請し,815年(弘仁6)七星如意輪観音(しちせいによいりんかんのん)を刻して本尊とし観心寺と改称したと伝承する。《権少僧都真紹付属状》(868)によれば827年(天長4)空海の孫弟子真紹が山野を切り開いて堂舎を建立したと記録しており,《観心寺勘録縁起資財帳》(883)には真紹の師実恵(じちえ)の建立として観心寺の創建に実恵の影響の大きかったことを物語っている。創建当初は如法堂・講堂・経蔵・宝蔵・僧房・大衆院などの建物が存し,主要堂宇に真言密教草創期の仏像や仏画・仏具が収められていた。…

【密教美術】より

…密教に基づく美術であるが,その様相は複雑である。それは密教の大陸における盛衰と日本における独自の展開によるものであり,ここではまずアジア的視野で概観を試みる。
【アジア的視野】
 南・中インドの竜樹系の〈中観(ちゆうがん)論〉と,北・中インドの無著・世親系の〈唯識論〉が接触したナーランダー寺は,パーラ朝には密教学の中心となった。仏教が,バラモン教を摂取したヒンドゥー教の隆盛に対応するため,これらと妥協し,回生を計ろうとしたところに密教学は確立された。…

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