石井茂吉(読み)イシイ モキチ

20世紀日本人名事典 「石井茂吉」の解説

石井 茂吉
イシイ モキチ

大正・昭和期の印刷技術者



生年
明治20(1887)年7月21日

没年
昭和38(1963)年4月5日

出生地
東京・王子

学歴〔年〕
東京帝大機械科〔明治45年〕卒

主な受賞名〔年〕
菊池寛賞〔昭和35年〕

経歴
明治45年、神戸製鋼所入社、星製薬を経て大正13年独立。森沢信夫と共に邦文写真植字機の開発に取り組み、14年試作機を完成。昭和3年発明奨励金、6年には恩賜奨励金を受けた。15年写真植字機研究所を創立、17年SK1号機を完成。戦時中は軍需生産への転換拒否戦後は会社を妻と娘裕子(後の写研社長)に委ね、22年細明朝体の写植文字を製作。27年から諸橋轍次の「大漢和辞典」の原字5万字を製作、29年にSK2型機完成。35年写真植字機の発明と石井文字制作により菊池寛賞受賞。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「石井茂吉」の解説

石井茂吉 いしい-もきち

1887-1963 大正-昭和時代の印刷技術者。
明治20年7月21日生まれ。神戸製鋼所,星製薬勤務をへて,大正13年独立。森沢信夫と和文写真植字機の開発にとりくむ。15年写真植字機研究所(のち写研)を設立。昭和17年実用機SK1を完成,35年全自動化に成功した。諸橋轍次(もろはし-てつじ)の「大漢和辞典」の原字5万字を製作。35年菊池寛賞。昭和38年4月5日死去。75歳。東京出身。東京帝大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「石井茂吉」の解説

石井 茂吉 (いしい もきち)

生年月日:1887年7月21日
大正時代;昭和時代の印刷技術者
1963年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の石井茂吉の言及

【写真植字機】より

…日本文の写真植字機は世界でもっとも早く実用化された。1924年石井茂吉と森沢信夫とが協力して研究し,29年ころ実用機5台を東京の印刷工場で試用してからしだいに改良が加えられ,その有用性が認められた。 写真植字機は,光源,文字盤,レンズ系,暗箱,送り装置などから成る。…

※「石井茂吉」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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