石井谷村(読み)いわいだにむら

日本歴史地名大系 「石井谷村」の解説

石井谷村
いわいだにむら

[現在地名]国府町石井谷

栃本(とちもと)村の東に位置する。正保期(一六四四―四八)作成と推定される因幡国絵図(県立博物館蔵)に岩井谷村とみえる。元禄一四年(一七〇一)に石井谷村と改称されたが(「変地其外相改目録」同館蔵)、領内ではその後も岩井谷村と記された(在方諸事控)。また同年には大石(おおいし)村が当村の枝郷として分村している(変地其外相改目録)。


石井谷村
いしいだにむら

[現在地名]千代田町石井谷

本地(ほんじ)村の北東に位置する。石見浜田路が村の北西を本地村から入り、北西の有田(ありだ)村へ抜ける。天文一九年(一五五〇)二月一九日付の毛利隆元給地宛行状(「閥閲録」所収平佐権右衛門家文書)に「石井谷之内四郎丸名之事」とみえる。また天正一一年(一五八三)一〇月二八日付の粟屋元真給知譲状覚(同書所収粟屋孫次郎家文書)に「山県石井谷村除給一円、但五拾七貫五百前」とある。

慶長六年(一六〇一)の検地により高五二二・四六三石となる。ただし、洪水などによる古荒高五〇・六七七石(七町二反余)があった。明知・給知入交じりで、宝暦一一年(一七六一)までの免は上り詰四・八、下り詰三・四、翌年より定免四・一(国郡志下調書出帳)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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