石崎杏陰(読み)いしざき きょういん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「石崎杏陰」の解説

石崎杏陰 いしざき-きょういん

1845-1920 幕末-大正時代医師
弘化2年生まれ。奈良奉行所立の明教館漢学をおさめる。のち京都で福井貞憲(さだのり)らに医学をまなび,明治4年後藤町(奈良市)で開業古典籍収集にもつとめ,23年私立図書館の石崎文庫をひらいた。大正9年11月23日死去。76歳。大和(奈良県)出身本名は親功。字(あざな)は可大

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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