コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

石河正養 いしこ まさかい

2件 の用語解説(石河正養の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

石河正養 いしこ-まさかい

1821-1891 江戸後期-明治時代の国学者。
文政4年8月2日生まれ。石見(いわみ)(島根県)津和野藩士。岡熊臣(おか-くまおみ),大国隆正にまなび,藩校養老館の教官となる。維新後,政府の大教正をつとめた。明治24年11月17日死去。71歳。本姓は越智。通称は半蔵,喜三二,金左衛門。号は審斎。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

石河正養

没年:明治24.11.17(1891)
生年:文政4.8.2(1821.8.29)
幕末明治前期の国学者。通称は半蔵,喜三二など。号は多頭廼舎,審斎。津和野藩(島根県)藩士越智盛宣の子。同藩士石河正幸の養子となり,その娘諫子を娶って家を継ぐ。初め国学を藩の岡熊臣,大国隆正に学び,平田篤胤没後の門人となる。藩校養老館で国学教官を務め,維新後は東京に出て教導職(1872年政府が宗教による国民教化のために置いた職員)に就いた。墓所は東京青山墓地。<著作>『産土氏神考』『大祓私釈』『多頭廼舎歌文集』

(白石良夫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

石河正養の関連キーワード飯田正隆伊藤和兌名倉安興赤井水雄喜三二関守雄間秀矩堀江宗彰三宅環翠吉野義巻

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone