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石田正澄 いしだ まさずみ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

石田正澄 いしだ-まさずみ

?-1600 織豊時代の武将。
弟の石田三成とともに豊臣秀吉につかえ,文禄(ぶんろく)2年(1593)木工頭(もくのかみ)となり,のち堺(さかい)奉行をつとめる。慶長5年関ケ原の戦いに際し,父正継と一族の居城近江(おうみ)(滋賀県)佐和山城をまもる。井伊直政(なおまさ)らに攻められ,同年9月18日自刃(じじん)した。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

石田正澄

没年:慶長5.9.18(1600.10.24)
生年:生年不詳
戦国・安土桃山時代の武将。近江国坂田郡石田村(長浜市)生まれ。隠岐守石田正継の子で,三成の兄。三成が豊臣秀吉に重く用いられたのにともなって秀吉に仕え,文禄の役(1592~96)には肥前名護屋城に駐屯し,警備に当たった。文禄2年には従五位下・木工頭に叙任。一時,堺の町奉行を務めたこともあるが,豊臣政権下で目立った動きはなく,近江・河内のうちで2万5000石を領するにとどまっている。慶長5(1600)年の関ケ原の戦には,父正継らと三成の本城である佐和山城を守り,小早川秀秋らの攻撃をうけて自刃して果てた。

(小和田哲男)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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