神田富松町元地(読み)かんだとみまつちようもとち

日本歴史地名大系 「神田富松町元地」の解説

神田富松町元地
かんだとみまつちようもとち

[現在地名]千代田区神田佐久間町かんださくまちよう四丁目

享保五年(一七二〇)起立神田佐久間町四丁目裏町の北側に南北に延びる片側町。東は新シ橋あたらしばし通を挟んで神田餌鳥かんだえとり屋敷、北と西は武家地。もとは表間口南北田舎間六一間余、裏行は南方同二〇間余・北方同三一間余、裏幅同六一間余の町屋であった。享保三年小伝馬こでんま(現中央区)からの出火全焼し火除地となった。神田川を隔てた四ヵ所の武家地跡に代地を与えられ神田富松町と称した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む