日本大百科全書(ニッポニカ) 「私的労働・社会的労働」の意味・わかりやすい解説
私的労働・社会的労働
してきろうどうしゃかいてきろうどう
商品生産社会ではおのおのの生産者の労働の性格は私的労働である。しかしそれは自己の需要を満たすためのものではなく、商品交換を通して他人の欲望を満たす限りで意味をもっている。つまり商品生産者の労働は、私的労働ではありながら市場を媒介にして社会的労働の一分肢であることが実証される。それは直接的に社会的労働の一分肢をなすのではなく、間接的形態で商品交換ののちに確認される。おのおのの私的労働の具体的有用性の相違(たとえば紡績労働、パン製造労働、家具製造労働など)にもかかわらず、それらが社会的労働の構成要素として同質性をもちうるのは、おのおのの労働はいずれも同等な人間労働力の支出(抽象的人間労働)という点では共通しているからである。商品経済が全面的に行き渡った資本主義社会における商品生産は、資本家のもとで分業に基づく協業の形態で行われる。そこでは多くの労働者が1か所に集められ、工場内分業が発展する。一工場内でみる限り彼らの労働は私的労働から社会的労働に転化しているが、全社会的には依然として商品交換によってのみ社会的労働の一環であることが実証されるほかない。
マルクスはその経済理論において、分業と私的所有の廃絶された社会主義社会においては、人々の労働は商品交換と市場を媒介とすることなく、直接に社会的労働の一分肢として計画的に支出されるようになり、私的労働は止揚される、としていた。
[伍賀一道]