秋鹿郷(読み)あいかごう

日本歴史地名大系 「秋鹿郷」の解説

秋鹿郷
あいかごう

現松江市秋鹿町地域にあった国衙領。相賀とも記す。建久五年(一一九四)三月日の出雲国在庁官人等解写(出雲国造系譜考)に中原頼辰の署名の裏側に「秋鹿郷司」と記され、当時国衙在庁官人の中原頼辰が秋鹿郷の領主(郷司)であったことが知られる。中原氏は古代の秋鹿郡多太ただ(和名抄)の一部を開発するなどして秋鹿郷を成立させ、その領主になったと推定される。しかし中原氏は鎌倉期には領主職を失ったようで、文永八年(一二七一)一一月日の杵築大社三月会相撲舞頭役結番帳写(出雲国造系譜考)の二番に「秋鹿郷 参拾町壱段半 土屋五郎」とみえ、相模国の御家人土屋氏が新しく秋鹿郷の地頭となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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