コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

秦宗巴 はた そうは

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

秦宗巴 はた-そうは

1550-1608* 織豊-江戸時代前期の医師。
天文(てんぶん)19年生まれ。丹波の人。曲直瀬道三(まなせ-どうさん)にまなぶ。はじめ豊臣秀次につかえ,法印にのぼり寿命院の号をさずかる。のち徳川家康の侍医仮名草子「犬枕」の作者ともされる。慶長12年12月14日死去。58歳。字(あざな)は徳岩。号は立安。著作に「医学的要方」「徒然草(つれづれぐさ)寿命院抄」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

はたそうは【秦宗巴】

1550‐1607(天文19‐慶長12)
江戸初期の医者。徳岩また立安とも称す。丹波国失木(うしき)生れ。名医として豊臣秀次に仕え,法印に叙せられ,寿命院の称号をもらう。のち徳川家康にも仕えた。連歌また香道にくわしかった。《枕草子》の類集体をもじった仮名草子《犬枕》の作者として知られるが,また《素問註抄》《医学的要方》《徒然草寿命院抄》など,医学・古典注解の著がある。【野田 寿雄】

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

367日誕生日大事典の解説

秦宗巴 (はたそうは)

生年月日:1550年2月15日
江戸時代前期の医師
1607年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

秦宗巴の関連キーワード曲直瀬道三(初代)生年月日江村専斎秦徳璘尤草紙

今日のキーワード

桃李もの言わざれども下自ら蹊を成す

《「史記」李将軍伝賛から》桃やすももは何も言わないが、花や実を慕って人が多く集まるので、その下には自然に道ができる。徳望のある人のもとへは人が自然に集まることのたとえ。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android