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徒然草 つれづれぐさ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

徒然草
つれづれぐさ

鎌倉時代後期の随筆文学。兼好作。2巻。元徳2 (1330) ~元弘1 (31) 年成立か (前半の一部は 1319年成立か) 。「つれづれなるままに…」に始る小序のほか 243段。内容は人生論,仏教信仰論,人間観,女性論,住居論,趣味論,自然観照を綴った随想,挿話・奇譚の類,物語的な小文,備忘録的な雑記など多岐にわたっている。

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デジタル大辞泉の解説

つれずれぐさ【徒然草】

つれづれぐさ

つれづれぐさ【徒然草】

鎌倉時代の随筆。2巻。吉田兼好著。元徳2~元弘元年(1330~1331)ごろ成立か。随想や見聞などを書きつづった全244段(一説では243段)からなる。無常観に基づく人生観・世相観・風雅思想などがみられ、枕草子とともに随筆文学の双璧(そうへき)とされる。

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百科事典マイペディアの解説

徒然草【つれづれぐさ】

鎌倉後期の随筆。2巻。吉田兼好作。1317年―1331年の間に成立か。244段に分けるのが通例。各段,多方面にわたる見聞や思索的随想を記し,それらが連想により配列されて,随筆文学の機能を十分に発揮している。
→関連項目いろごのみ鳥羽作道双ヶ丘法語方丈記ぼろぼろ無名抄

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世界大百科事典 第2版の解説

つれづれぐさ【徒然草】

鎌倉末期の随筆。吉田兼好著。上下2巻,244段からなる。1317年(文保1)から1331年(元弘1)の間に成立したか。その間,幾つかのまとまった段が少しずつ執筆され,それが編集されて現在見るような形態になったと考えられる。それらを通じて一貫した筋はなく,連歌的ともいうべき配列方法がとられている。形式は《枕草子》を模倣しているが,内容は,作者の見聞談,感想,実用知識,有職の心得など多彩であり,仏教の厭世思想を根底にもち,人生論的色彩を濃くしている。

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大辞林 第三版の解説

つれづれぐさ【徒然草】

随筆。二巻。兼好法師著。1330~31年頃成立(異説あり)。随想・見聞などを、著者の感興のおもむくままに記したもの。無常観に基づく、著者の人生観・美意識などがうかがえ、「枕草子」と並ぶ随筆文学の傑作とされる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

徒然草
つれづれぐさ

鎌倉後期の随筆。2巻。兼好著。成立年時不明。かつては1330年(元徳2)11月以後、翌年(元弘1)10月以前成立とする説が信じられたが、いまは疑問視されている。20代の起筆かとも、最晩年まで書き継がれたかともいい、執筆、編集の過程についてもさまざまに考えられており、決着をみていない。題名は、序段の「つれづれなるままに」の冒頭の語によったものである。一般に近世初頭の烏丸光広(からすまみつひろ)校訂古活字本が用いられるが、中近世にわたる多数の写本、版本などが残る。[三木紀人]

内容・特性

心に浮かぶまま、連想の赴くままに書きつづったものである。長短不ぞろいの全244段に分けて読む習わしになっている。そのうち、序段には、随筆としての本書の趣旨・内容に触れる簡潔な記事がみられる。以下、貴族社会に生まれた男が願う物事に触れる第1段から、仏について父と問答を交わしたことを回想する第243段まで、各段の主題、内容はきわめて多岐にわたる。すなわち、その内容は、評論的なもの、説話的なもの、断片的な知識についての聞き書き、覚え書き的なもの、回想的なもの、その他と大別できようが、その内訳はまた多種多様である。たとえば評論的なもののなかには、「万事は皆、非なり。言ふに足らず。願ふに足らず」(第38段)のような手厳しい口調のものもあり、「よき友三つあり。一つには物くるる友。……」(第117段)のような、ふと心に浮かぶままをユーモラスに書き流したものもある。また、主題においては、現世を否定して発心遁世(ほっしんとんせい)を説く仏教的な段、人間の性格・心理・行動様式などについてその類型の素描を交えつつ論ずる段、趣味・教養・処世法などに触れる段などと変化に富む。それら多彩な内容をそれぞれの主題、素材にふさわしく論じ分け、描き分けており、本書は、各ジャンルの例文集のような趣(おもむき)もあるが、兼好による個性的統一が全体をよく引き締めており、分裂した印象を与えない。思想的には尚古的姿勢、王朝的・都会的価値観が目だち、当世風の事物に批判的であるが、新時代を担う武士、商人などに視野を広げようとする一面もあり、地方人や無名の専門家たちの知恵を紹介して共感を示す記事が多い。中世人の心をとらえた無常思想は本書にも流れており、それから導かれた見解が随所に出ている。とくに、無常感による物事への見直しを示唆する第137段、四季の変化を例に引きながら生成と衰亡のさまを重層的に指し示す第155段などは圧巻で、それらに至る各段のなかに、兼好の無常思想の発展、進化の跡が著しい。全体として、学問、思想などに関することを本格的に考察したものではなく、むしろ日常生活に根ざす実感のままに書いたとおぼしき部分が多い。独断と偏見をはばからない筆致はすこぶる刺激的で、これにうなずいたり反発したりして読むことは、いわば精神的柔軟運動となるはずである。[三木紀人]

源泉

構成は平安時代の『枕草子(まくらのそうし)』に倣っており、個々の段にもそれを模したものが少なくない。ただし、目配りの広さ、論じ方の柔軟さは『枕草子』以上である。そのことは兼好の精神のあり方にもよろうが、彼をはぐくんだ和漢の古典に負う面も大きいと思われる。本書には、仏書、儒書、各種の漢詩文から、わが国の詩歌、物語、日記、説話、軍記、文学論、法語などに至るさまざまな先行書に触発された部分が目だつ。[三木紀人]

享受・影響

成立後しばらくは人の耳目に触れなかったらしく、兼好の生存時の文献で『徒然草』に言及したものは一例もない。確認できる最初の読者は1世紀後にこれを書写した歌人正徹(しょうてつ)にすぎず、室町時代には一部の知識人に知られるにとどまったようであるが、江戸初頭の啓蒙(けいもう)期に有名になり、以後急速に読者が増大した。ただし、内容のどの面に中心を置くかにより読み方はさまざまで、教訓書とも、趣味論、人生論などともみなされる。それは、多様な読者それぞれの関心にこたえるだけのものを本書がもっていることの現れであろう。[三木紀人]
『安良岡康作著『徒然草全注釈』上下(1967、68・角川書店) ▽三木紀人著『徒然草全訳注』4冊(講談社学術文庫) ▽永積安明著『徒然草を読む』(岩波新書)』

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世界大百科事典内の徒然草の言及

【随筆】より

…この系統は絶えることなく近世に至って盛んとなり,近代にも引きつがれたのは,日本人に適した表現様式であるためであろう。
[中世~近世]
 中世の随筆といえば,従来,鴨長明の《方丈記》,吉田兼好の《徒然草》の2点があげられる。しかし《方丈記》は漢文の文章の一体である〈記〉を書名とする。…

【琵琶法師】より

…鎌倉時代に軍記物語が生まれると彼らは《平家物語》を表芸として語り(平曲),その内容をより豊かにした。《徒然草》には生仏(しようぶつ)を平家語りの祖と記すが,のちに名人の城一の弟子筑紫如一,八坂城玄が2流をたて,如一は一方(いちかた)流を,城玄は八坂流を称して芸を競った。〈当道〉では,2月に京都四条河原で石塔会(しやくとうえ),6月に納涼会を催して祖神をまつり,その出席の席次によって勾当(こうとう),検校(けんぎよう)と位が進む。…

【平曲】より

…〈平家琵琶〉〈平家〉〈平語(へいご)〉ともいわれたが,最近は〈平曲〉の名称が一般的である。
[歴史]
 起源には諸説あるが,なかでも有力視されているのは《徒然草》の記述で,それによると,後鳥羽院の時代に天台宗座主慈鎮(じちん)(慈円)の扶持を受けていた雅楽の名人,信濃前司行長(しなののぜんじゆきなが)が《平家物語》を作り,生仏(しようぶつ)という東国出身の盲人に教えて語らせたのが初めという。天台宗では慈覚大師(円仁)以後,民衆教化のために〈和讃(わさん)〉や〈講式〉といった宗教的な語り物を積極的に作り出していた。…

【吉田兼好】より

…また,このころまでに鎌倉へも2回以上赴いている。《徒然草(つれづれぐさ)》の執筆は1317年から31年(元弘1)の40代後半から50代前半にかけてと推定され,〈つれづれなるままに〉と書き出されるこの随筆が代表作となった。 1345年(興国6∥貞和1)ころ,勅撰集《風雅和歌集》の撰集に提供するため《兼好法師自撰家集》(《兼好法師集》)を編集したが,自筆草稿本が尊経閣文庫に現存する。…

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