稲生町(読み)いなおいまち

日本歴史地名大系 「稲生町」の解説

稲生町
いなおいまち

[現在地名]十和田市稲生町

三本木(さんぼんぎ)村の南に続く藩政末期の新村。三本木原の開拓によりその中心地として造作された。明治初年頃の稲生町絵図面(新渡戸家蔵)によると、町の南端に一里塚があり、北へ一―四丁目に区画され、さらに北端の本陣までの間に七区画がある。家並は中央に多くあり、間口は道に面してそれぞれ四―一二間で六四軒、ほかに間口一二―二一間の長屋四軒がある。また制札場・駅所や鉄砲師、旅籠らしきもの、斗南藩士の入植者もみえる。以前から藤島(ふじしま)―七戸(しちのへ)(現上北郡七戸町)間には継場がなく、駅所は明治三年(一八七〇)二月の三本木稲生町新駅御達留(盛田家文書)によって新設されたものであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む