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稲葉山城 いなばやまじょう

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百科事典マイペディアの解説

稲葉山城【いなばやまじょう】

岐阜城

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大辞林 第三版の解説

いなばやまじょう【稲葉山城】

岐阜県岐阜市金華山上にあった城。斎藤道三が美濃支配の拠点として改修、ついで織田信長が居城とし、岐阜城と改名。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本の城がわかる事典の解説

いなばやまじょう【稲葉山城】

⇒岐阜城(ぎふじょう)

出典|講談社
(C)Kodansha.
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

稲葉山城
いなばやまじょう

岐阜城」のページをご覧ください。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

稲葉山城
いなばやまじょう

鎌倉から江戸期初頭の城。岐阜市金華山(きんかざん)にあり、金華山城の別称もあり、織田信長入城以後は岐阜城ともよばれる。城は1201年(建仁1)鎌倉幕府政所(まんどころ)執事を務めていた二階堂行政(にかいどうゆきまさ)によって初めて築かれたといわれているが、鎌倉期に標高338メートルもの高い山に城が築かれたかどうかは若干問題がある。のち、美濃(みの)守護土岐(とき)氏の時代には守護代の斎藤氏が代々居城した。
 1534年(天文3)斎藤道三(どうさん)によって戦国の城として再興され、義龍(よしたつ)、龍興(たつおき)と相続し、1567年(永禄10)織田信長が斎藤氏を滅ぼし、名も岐阜城と改めて居城とした。城主は織田信忠(のぶただ)、信孝(のぶたか)とかわり、池田輝政(てるまさ)を経て信忠の子秀信(ひでのぶ)が入り、1600年(慶長5)の関ヶ原の戦いに際し落城、翌年、奥平信昌(おくだいらのぶまさ)の加納(かのう)入城により廃城となった。現在は1956年(昭和31)に復興された三重四層の新天守閣が建ち、麓(ふもと)の屋敷跡は千畳敷とよばれ、公園となっている。[小和田哲男]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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