知恵蔵 「稲葉真弓」の解説
稲葉真弓
80年『ホテル・ザンビア』(作品社)で、作品社による新人作家を対象にした文学賞である作品賞を受賞。90年『琥珀の町』(河出書房新社)で芥川賞候補となる。91年、詩集『夜明けの桃』(河出書房新社)を発表。実在の人物、ジャズ・サックス奏者の阿部薫と映画俳優で作家だった鈴木いづみをモデルとして、70年代の東京を描いた小説『エンドレス・ワルツ』(92年、河出書房新社)は女流文学賞を受賞し、映画化(監督・若松孝二)もされ、この作品をきっかけに作家として一躍有名となった。95年『声の娼婦』(講談社)で平林たい子文学賞を受賞。
母や妹と三重県志摩半島を訪れた90年代のある旅行中、そこで見た一羽のキジの美しさに魅せられたことが転機となり、土地を購入して別荘を建てる。以後、この別荘を拠点として、「半島」での生活に強く影響を受けた小説により新境地を開いた。2007年「新潮」2月号に発表の小説「海松(みる)」(単行本は09年新潮社より発行)で08年に川端康成文学賞、10年に芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。11年には、東京生活へのこだわりを捨てて志摩半島で過ごす女性を描いた『半島へ』(講談社)を発表し、同年、谷崎潤一郎賞、中日文化賞を受賞、12年には一般財団法人本願寺文化興隆財団によるフィクション作品対象の文学賞である親鸞賞を受賞した。
その他の代表作として、『猫に満ちる日』、『環流』、『砂の肖像』(以上、講談社)、『私がそこに還るまで』(新潮社)、『花響』、『さよならのポスト』(以上、平凡社)、エッセー『ミーのいない朝』(河出書房新社、のち文庫)、詩集『連作・志摩 ひかりへの旅』(港の人)、『母音の川』(思潮社)など。愛猫家で、猫を題材にした作品が複数ある。また、1980年代後半から90年代初頭にかけ、倉田悠子の変名で「くりいむレモン」などアダルト向けアニメビデオの小説化やファンタジー小説の執筆をしてきたことを、晩年になって「新潮 創刊一一〇年記念号」(14年5月発行)に寄せた手記の中で明かしている。
10年度から13年度まで、織田作之助賞の選考委員を、また10年度から12年度まで芸術選奨文部科学大臣賞推薦委員を務めた。14年、紫綬褒章を受章。同年8月30日、膵臓(すいぞう)がんのため死去。享年64。
(葛西奈津子 フリーランスライター/2014年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報