稲葉雍通(読み)いなば てるみち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「稲葉雍通」の解説

稲葉雍通 いなば-てるみち

1776-1847 江戸時代後期の大名
安永5年5月8日生まれ。稲葉弘通(ひろみち)の次男。寛政12年豊後(ぶんご)(大分県)臼杵(うすき)藩主稲葉家11代となる。紙の専売制などにより財政改革をはかるが,文化8年の百姓一揆(いっき)で挫折(ざせつ)した。隠居後も藩政にかかわり,天保(てんぽう)2年家老村瀬通吉を総元締とし,あらためて財政再建に着手した。弘化(こうか)4年9月18日死去。72歳。

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367日誕生日大事典 「稲葉雍通」の解説

稲葉雍通 (いなばてるみち)

生年月日:1776年5月8日
江戸時代後期の大名
1847年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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