出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…そのため斉の勢力は東方諸国中最大となり,都の臨淄(りんし)は繁栄を極めた。また王は,城西の稷門(しよくもん)付近に邸宅をしつらえて学者を優遇したので,鄒衍(すうえん),淳于髡(じゆんうこん),田駢(でんべん)ら天下の文学遊説の士が雲集して文化学術の中心となり,いわゆる稷下(しよくか)の学を形成した。【永田 英正】。…
…戦国斉の盛時,学問を愛好した威王や宣王は学者を招き,稷門付近に邸宅を建てて住まわせ,多額の生活費を与えて論争や著述に従事させた。その数は数百人から1000人にものぼり,稷下の学士とか稷下先生とよばれた。宣王時代の鄒衍(すうえん),淳于髡(じゆんうこん),田駢(でんべん),慎到らはとくに有名である。…
※「稷下の学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
東海沖から九州沖の海底に延びる溝状の地形(トラフ)沿いで、巨大地震発生の可能性が相対的に高まった場合に気象庁が発表する。2019年に運用が始まった。想定震源域でマグニチュード(M)6・8以上の地震が...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新