立山弟四郎(読み)タテヤマ テイシロウ

20世紀日本人名事典 「立山弟四郎」の解説

立山 弟四郎
タテヤマ テイシロウ

明治〜昭和期の農業指導者



生年
慶応3年11月3日(1867年)

没年
昭和12(1937)年7月30日

出生地
出羽国鹿角郡(秋田県鹿角市)

旧姓(旧名)
内藤

学歴〔年〕
毛馬内小学校卒

経歴
叔父に当たる立山周助の養子となり、養家の家業である養蚕業に従事。のち鹿角郡養蚕同業組合を組織し、その議員として鹿角の養蚕業を牽引した。43年毛馬内森崎耕地整理組合顧問となり、以後鹿角郡内の耕地整理尽力。また、乾田耕作法や暗渠排水などの農業技術の奨励、「高富」「晩生錦」など米の品種開発、小作人組合や秋田県種苗交換会の設立などを進め、秋田県の農業発展に大きな役割を果たした。一方で小学校時代の師・和井内貞行の十和田湖開発事業を支援。のちには秋田鉄道や鹿角自動車会社の重役を歴任して交通網整備に当たるなど、地域開発にも貢献した。篤く神道を信仰したことでも知られ、収集した書籍をもとに「立山文庫」(のちの十和田図書館)を作った。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「立山弟四郎」の解説

立山弟四郎 たてやま-ていしろう

1867-1937 明治-昭和時代前期の農業指導者。
慶応3年11月3日生まれ。生地の秋田県鹿角郡で耕地整理組合,小作人組合を結成し,種苗交換会では中心となって活動した。また小学校時代の師和井内貞行の十和田湖開発をたすけ,立山文庫(現十和田図書館)を創設した。昭和12年7月30日死去。71歳。旧姓は内藤。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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