和井内貞行(読み)わいないさだゆき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

和井内貞行
わいないさだゆき

[生]安政5 (1858).2.15. 陸奥,毛馬内
[没]1922.5.16.
明治,大正期の養魚家。鉱山勤務のかたわら,それまで魚一尾すまぬといわれた十和田湖に,1884年コイフナイワナを放流するが失敗。1902年北海道支笏湖から,本州で初めてヒメマスの卵を購入,翌 1903年孵化した稚魚を放流,1905年に親魚が回帰し,「和井内鱒」と呼ばれるようになった。この成功により十和田湖は日本全国各地へのヒメマスの種卵の主要供給源となった。また十和田湖の観光開発や国立公園設置に尽力した。

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デジタル大辞泉の解説

わいない‐さだゆき〔わゐない‐〕【和井内貞行】

[1858~1922]水産増殖研究家。秋田の生まれ。魚類の生息しない十和田湖で、支笏(しこつ)湖産のヒメマスの養殖に成功。

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百科事典マイペディアの解説

和井内貞行【わいないさだゆき】

養魚事業家。秋田県鹿角(かづの)郡毛馬内(現鹿角市)生れイモリぐらいしかいなかった十和田湖に養魚を計画,1884年にコイ,フナ,イワナなどを放流したが失敗。1903年ヒメマスの養殖に成功,和井内マスと呼ばれた。1912年緑綬褒章。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

和井内貞行 わいない-さだゆき

1858-1922 明治-大正時代の養殖家。
安政5年2月15日生まれ。明治17年から十和田湖でのコイ,フナなどの養魚をめざす。失敗をかさねた末,38年3年前に放流した支笏(しこつ)湖産のカパチェッポ(ヒメマス)の回帰を確認して養殖に成功した。十和田地区の国立公園指定にもつくした。大正11年5月16日死去。65歳。陸奥(むつ)鹿角郡(秋田県)出身。

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朝日日本歴史人物事典の解説

和井内貞行

没年:大正11.5.16(1922)
生年:安政5(1858)
明治大正期の養魚家。盛岡藩鹿角郡毛馬内村(秋田県鹿角市)に次郎右衛門とヱツの長男として生まれる。十和田鉱山勤務の傍ら,鈴木通貫,三浦泉八,飯岡政徳らとの連名で,「往古ヨリ一ノ魚類ナキ」十和田湖への養魚願を青森県知事に提出,鯉,鮒,岩魚などの放流を行う。明治35(1902)年12月に青森県斡旋の支笏湖産姫鱒卵3万粒を移殖,3年後の同38年秋,成功裏に親魚が回帰した。しかし移殖に先だつ35年7月の旧漁業法施行時に和井内が区画漁業免許願を単独で申請し,37年2月に免許を取得,このことが以後半世紀にわたる漁業紛争の発端となった。和井内の偉業には批判の余地が多く残されている。<参考文献>徳井利信編『十和田湖漁業史』

(徳井利信)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

大辞林 第三版の解説

わいないさだゆき【和井内貞行】

1858~1922) 養魚事業家。秋田県生まれ。魚がすまないとされた十和田湖に、北海道支笏しこつ湖からヒメマスを移し、養殖に成功した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

和井内貞行
わいないさだゆき
(1858―1922)

水産増殖研究家。秋田県鹿角(かづの)市十和田(とわだ)出身。鉱山会社藤田組で養魚の研究に従事している間に養魚への関心が深まり、水産増殖の研究を志した。1884年(明治17)十和田湖へコイの稚魚の放流を試みて以来、同湖の水産振興に努めた。1902年北海道支笏(しこつ)湖から、本州としては初めてヒメマスの卵3万粒を私費によって購入し、翌年孵化(ふか)した稚魚を放流し、3年後にその成功を確認した。彼の努力により、十和田湖は各地湖沼へのヒメマス種卵の主要供給源になった。のちには十和田の観光開発にも貢献した。[鈴木 亮]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の和井内貞行の言及

【小坂[町]】より

…農業は稲作を中心にイチゴ栽培,肉牛の放牧も行われている。十和田湖南岸の生出(おいで)は通称和井内で,和井内貞行がヒメマスの孵化(ふか)事業に尽力した地である。【佐藤 裕治】。…

【十和田湖】より

…湖をとりまく外輪山には御鼻部(おはなべ)山(1011m),白地山(1034m),十和田山(1054m)などがあり,観光道路は西側の滝ノ沢峠,南側の発荷(はつか)峠と東側の湖の排水口にあたる奥入瀬(おいらせ)川渓谷沿いに通じている。 湖には魚類は生息していなかったが,1903年に十和田銀山の技師和井内(わいない)貞行が北海道の支笏(しこつ)湖原産のヒメマスの稚魚5万尾を放流し,養殖に成功してから魚がすむようになった。〈和井内マス〉として知られ,西岸の生出(おいで)に和井内養魚場がある。…

【ヒメマス(姫鱒)】より

…ヤマベに比べると扁平なので)と呼ばれ,1908年に姫鱒の名が北海道庁の森脇幾茂により与えられた。支笏湖よりさらに日本各地へ移殖され,和井内貞行(1858‐1922)による十和田湖への移殖の話は有名である。体背部は灰青色,腹部は銀白色で,産卵期には雌雄とも緑褐色と朱紅色の婚姻色を体側の中央部のみに現す。…

※「和井内貞行」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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