デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「竹沢平八」の解説
竹沢平八(初代) たけざわ-へいはち
寛保(かんぽう)(1741-44)のころから豊後(ぶんご)節の宮古路加賀太夫の三味線相方となり,加賀太夫が延享4年富士松薩摩掾(さつまのじょう)を名のってからも相方をつとめた。初代宮崎忠五郎とならび称された。宝暦10年死去。別名に都里夕,菊沢平八。
新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...