デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「竹沢平八」の解説
竹沢平八(初代) たけざわ-へいはち
寛保(かんぽう)(1741-44)のころから豊後(ぶんご)節の宮古路加賀太夫の三味線相方となり,加賀太夫が延享4年富士松薩摩掾(さつまのじょう)を名のってからも相方をつとめた。初代宮崎忠五郎とならび称された。宝暦10年死去。別名に都里夕,菊沢平八。
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...