20世紀日本人名事典 「竹田敬方」の解説
竹田 敬方
タケダ ケイホウ
明治〜昭和期の日本画家 川端画学校教諭。
- 生年
- 明治6年2月7日(1873年)
- 没年
- 昭和17(1942)年12月4日
- 出生地
- 東京・銀座(現・東京都中央区)
- 本名
- 竹田 源次郎
- 主な受賞名〔年〕
- 連合絵画共進会二等褒状(第10回)〔明治34年〕「暁霽」,連合絵画共進会二等褒状(第11回)〔明治34年〕「朝霞・霜夜」
- 経歴
- はじめ日本画家の水野年方に人物画を、明治24年からは川端玉章に山水画を学ぶ。以来、画業に邁進し、青年絵画協会臨時展や内国勧業博覧会などで作品を発表。34年の春と秋には日本美術院と日本絵画協会の共催による連合絵画共進会で2回連続して二等褒状を受けた。この間、日本美術協会や日本画会・巽画会の会員としても活動し、34年文墨協会評議員。40年に文展が開設すると、新派に対抗して結成された正派同志会に参加し、評議員に推された。42年師・玉章が主宰する川端画学校の教諭に就任し、後進の指導にも尽力。また、明治絵画会の幹事・審査員も務めた。昭和2年の日本美術協会展に「秋景」を出品するなど、晩年に至るまで創作の手を休めることはなかった。作品は他に、「源義家過勿来関」「少女遊劇図」「暁霽」「塩原竜化瀑図」などがある。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報