篠首村(読み)しのくびむら

日本歴史地名大系 「篠首村」の解説

篠首村
しのくびむら

[現在地名]新宮町篠首

香山こうやま村の西に位置し、揖保川の支流篠首川の中流左岸に立地する。揖東いつとう郡に属した。北は宍粟郡中比地なかひじ(現山崎町)。慶長国絵図に「しのくひ」とみえる。ほかに周囲には「大谷」「中村」「おふね」などがみえ、当地の通称大谷おおたに中村なかのむら大船おぶねとみられる。領主変遷市野保いちのほ村と同じ。元和三年(一六一七)の揖東郡郷帳(池田家文書)には「香山ノ篠首村」とあり、高三九五石余。正保郷帳では高三二九石余(畑方のみ)で、村高は幕末まで変わらない。姫路藩領の時期に姫路藩仕置人若原右京の裁許により耕地は畑方のみとされ、年貢高も定免法で決められ幕末まで維持された(「運上につき定書」丸山家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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