米倉昌晴(読み)よねくら まさはる

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「米倉昌晴」の解説

米倉昌晴 よねくら-まさはる

1728-1786* 江戸時代中期の大名
享保(きょうほう)13年4月22日生まれ。米倉昌倫(まさのり)の次男。寛延2年本家の米倉里矩(さとのり)の家督をつぎ,武蔵(むさし)金沢藩(神奈川県)藩主米倉家3代となる。大番頭(おおばんがしら),奏者番をへて安永6年若年寄。天明5年12月20日死去。58歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「米倉昌晴」の解説

米倉昌晴 (よねくらまさはる)

生年月日:1728年4月22日
江戸時代中期の大名
1785年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む