米川操軒(読み)よねかわ そうけん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「米川操軒」の解説

米川操軒 よねかわ-そうけん

1626-1678 江戸時代前期の儒者
寛永3年生まれ。三宅寄斎(みやけ-きさい)に師事,のち中江藤樹の門で陽明学をまなぶが,朱子学にもどる。親交のあった伊藤仁斎(じんさい)が古学を提唱すると絶交した。40歳で隠棲(いんせい)。延宝6年8月19日死去。53歳。大和(奈良県)出身。名は一貞。字(あざな)は幹叔。通称は儀兵衛。著作に「敬斎箴学規諺解(けいさいしんがつきげんかい)」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「米川操軒」の解説

米川操軒 (よねかわそうけん)

生年月日:1627年10月24日
江戸時代前期の儒学者
1678年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む