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紀安雄 きの やすお

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

紀安雄 きの-やすお

822-886 平安時代前期の官吏。
弘仁(こうにん)13年生まれ。苅田種継(かりたの-たねつぐ)の子。讃岐(さぬき)(香川県)の人。天安2年大学直講。本籍を都の左京にうつし,紀朝臣(あそん)の氏姓をゆるされる。四書五経に通じ,貞観(じょうがん)11年「貞観格式(きゃくしき)」の編集に参加。主計頭(かずえのかみ),武蔵守(むさしのかみ),鋳銭長官兼周防守(すおうのかみ)を歴任し,良吏として知られた。仁和(にんな)2年5月28日死去。65歳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

紀安雄

没年:仁和2.5.28(886.7.3)
生年:弘仁13(822)
平安前期の官人。苅田種継の子。仁明天皇の寵を得た父ゆずりの才能で,幼年にして学業の誉れ高く,大学直講,助教,勘解由次官などを歴任,『貞観格式』の編纂にも加わっている。この間本籍を讃岐国刈田郡(香川県観音寺市と三豊郡の一部)から平安京左京に移し,貞観9(867)年11月,みずから武内宿禰の後裔と称して改姓を許され,苅(刈)田首から紀朝臣となった。同19年武蔵守となり,簡素を重んじた施政によって称賛を得たが,それは鋳銭長官兼周防守時代(882年に任官)以上のものであったといい,数少ない良吏のひとりであった。詩文をつくる重陽の節に招かれるなど,文才も高く評価されていた。

(瀧浪貞子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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