貞観格式(読み)じょうがんきゃくしき

  • じょうがんきゃくしき ヂャウグヮン‥
  • じょうがんきゃくしき〔ヂヤウグワン〕

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

平安時代初期,清和天皇勅命により編集されたの総称。三代格式の一つ。格は 12巻。藤原良相 (よしみ) ,同氏宗,大江音人菅原是善 (これよし) らが撰者となり,弘仁 10 (819) ~貞観 10 (868) 年の間の詔勅や官符を編集し,同 11年奏進した。また式は 20巻で,氏宗,音人,是善らが編集し,同 13年撰進した。両書とも散逸し,現在は諸書に引用されて伝わった逸文でその一部分を知ることができる。逸文は『続々群書類従』に収録されている。 (→延喜格 , 延喜式 , 弘仁格式 )  

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百科事典マイペディアの解説

養老律令(ようろうりつりょう)》の補充法典として編纂された,三代格式(さんだいきゃくしき)の一。編纂は863年以前に始められ,藤原良相(ふじわらのよしみ)・氏宗(うじむね)らが編纂に携わった。〈貞観格〉12巻は869年撰進・施行。〈弘仁格〉以降868年に至る格を官司別に収める。〈貞観式〉20巻は871年撰進・施行。〈弘仁式〉の訂正増補分のみ編纂し,両式を併用する。格・式とも原文は散逸し,格は《類聚三代格》所収のもの,式は逸文のみ知られる。
→関連項目清和天皇

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世界大百科事典 第2版の解説

養老律令に対する補充法典たる三代格式の一つ。弘仁格式に次ぐ2番目の格式で,編纂開始は863年(貞観5)以前。格12巻は869年撰進・施行,式20巻は871年撰進・施行。《貞観格》の内容は《弘仁格》の続編として820年(弘仁11)から868年に至る,勅,太政官符などを官司別に集大成しており,その編纂方針は12巻中の2巻を臨時格とした点を除けば,《弘仁格》のそれと同じである。一方《貞観式》の編纂方針はだいたい《弘仁式》のそれを受けついでいるが,1点だけ顕著に異なる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

『弘仁(こうにん)格式』に次ぐ律令(りつりょう)を改変あるいは補う法典。編纂(へんさん)開始時期は不明だが少なくとも863年(貞観5)以前で、式は藤原氏宗(うじむね)、南淵年名(みなみぶちのとしな)、大江音人(おおえのおとんど)、菅原是善(すがわらのこれよし)、紀安雄(きのやすお)、大春日安永(おおかすがのやすなが)、布瑠道永(ふるのみちなが)、山田弘宗(ひろむね)、格はこれに上毛野永世(かみつけぬのながよ)、南淵興世(おきよ)を加えた人々が撰(せん)格式所を設けて編纂した。格は『弘仁格』の改定または増補したものを官司ごとに10巻と臨時格2巻計12巻にまとめ、869年4月13日奏進、同年9月7日に施行。式も官司別に20巻にまとめ871年8月25日に奏進、同年10月22日に施行。格は『弘仁格』と併用、式もまた『弘仁式』を全面的に廃止せず、改定・増補の部分だけ集め編纂したので、両者を併用した。

[福井俊彦]

『和田英松著『本朝書籍目録考証』再版(1970・明治書院)』『虎尾俊哉著『延喜式』(1964・吉川弘文館)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

平安時代、清和天皇の貞観年間(八五九‐八七七)に編纂された格式。右大臣藤原良相、のち大納言藤原氏宗等が編纂にあたった。貞観一一年(八六九)に、一二巻よりなる格が成立、さらに同一三年に二〇巻よりなる式が成立した。格、式ともに散逸。「類聚三代格」「政事要略」「弘仁・貞観式逸」により、一部を推察することができる。

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旺文社日本史事典 三訂版の解説

平安初期の法令集。三代格式の一つ
清和天皇の勅命により撰進。格12巻は869年,式20巻は871年に成立。直ちに施行された。現在すべて散逸したが,『類聚三代格』その他によって内容をうかがうことができる。

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