紹孝寺(読み)じようこうじ

日本歴史地名大系 「紹孝寺」の解説

紹孝寺
じようこうじ

[現在地名]須佐町大字須佐 河原丁

河原丁かわらちよう山麓にある。金峯山と号し、曹洞宗本尊聖観音

「注進案」によれば、古くは延命えんめい寺といい天台の道場であったという。建仁年中(一二〇一―〇四)和田修学字道空という者が、三浦大介義明の守本尊と脇侍(八歳の童女と月海長者)を守護して一寺を建立。天正年中(一五七三―九二)松永大膳という者が涅槃像を寄進し、この時瑞雲山長福ちようふく寺と寺号を改め禅宗となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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