経沢村(読み)へざわむら

日本歴史地名大系 「経沢村」の解説

経沢村
へざわむら

[現在地名]会津若松市湊町みなとまち平潟ひらがた

猪苗代湖西岸の東田面ひがしたづら村の南にあり、東西は山に接し、南東は山を越すと安積あさか赤津あかつ(現郡山市)本村の北西一町一〇間余に端村石田いしだがある。昔は辺沢と書き、寛文中(一六六一―七三)に経沢と改めたという。守屋家の子孫が幾山河を経てこの地に来たので経沢といったという伝説がある。また「経沢ななむら、崎川やむら おれのいるとこ九峨くがのむら」の俗謡のように、経沢は昔は七つの小村に分れていたという。かつては大経沢おおへざわという端村があったが、化政期には消滅していた(新編会津風土記)。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録の大沼郡に遍沢とあり、高三八八石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む