纏向石塚古墳(読み)まきむくいしづかこふん

日本歴史地名大系 「纏向石塚古墳」の解説

纏向石塚古墳
まきむくいしづかこふん

[現在地名]桜井市大字太田小字石塚

勝山かつやま古墳の東南約一〇〇メートルにある。墳丘はまったく平坦にされ、径六〇余メートル、高さ約二メートルの不整円形の封土の一部を残しているが、東側に張出しの付く帆立貝式古墳ともみられる。昭和四六年(一九七一)以降の纏向遺跡調査に伴って古墳の周辺の一部は発掘され、墳丘の周囲に幅二〇余メートルの周濠がめぐっていることが認められ、全長八八メートルの帆立貝式古墳と推定されるようになった。石塚とよばれるように、墳丘の各所に川原石が遺存し、葺石であったと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む