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羽田八国 はたの やくに

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

羽田八国 はたの-やくに

?-686 飛鳥(あすか)時代の武人。
壬申(じんしん)の乱に際し,はじめ近江(おうみ)朝廷側だったが,近江側に内紛がおこったとき子の大人(うし)と一族をひきつれ大海人(おおあまの)皇子側に投降し将軍となる。のち伊勢王らと全国を巡行し諸国の境界をさだめる仕事にたずさわる。八色(やくさ)の姓(かばね)では真人(まひと)をあたえられた。天武天皇15年3月25日死去。名は矢国ともかく。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

羽田八国

没年:朱鳥1.3(686)
生年:生年不詳
壬申の乱(672)の際の武将。八国は矢国とも書く。当初は近江朝廷側であったが,犬上川(滋賀県犬上郡)のほとりの戦で近江方が大混乱に陥ったときに,子の大人と一族を率いて大海人皇子(のちの天武天皇)方に投降した。ただちに大海人方の将軍に任命されて近江の北方にある越に進軍した。7月13日,村国男依らが近江方を壊滅させたが,この日八国も出雲狛と共に三尾城(滋賀県安曇川町三尾里付近)を攻略した。天武12(682)年12月,伊勢王らと共に天下を巡行して諸国の境界を定める仕事を行ったが,このときにはうまくいかず,2年後に伊勢王らが再派遣された。八色の姓では真人を与えられた。朱鳥1(686)年3月病になり僧3人を与えられたが同月没した。時に大弁官直大参であったが,壬申の年の功により直大壱位が追贈されている。

(清田善樹)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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