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難波宮 ナニワノミヤ

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

難波宮

645年、中大兄皇子らが蘇我氏を打倒したクーデター「乙巳(いっし)の変」の後に孝徳天皇が新しい都として建設。726年から聖武天皇が再び整備し、744年には一時、都になった。第2次大戦後、大阪市の法円坂周辺で古代の瓦が出土することに古代史学者の山根徳太郎が注目。1954年からの発掘調査で確認された。

(2014-02-25 朝日新聞 朝刊 3社会)

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百科事典マイペディアの解説

難波宮【なにわのみや】

難波京

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世界大百科事典 第2版の解説

なにわのみや【難波宮】

現在の大阪市中央区法円坂町一帯を中心として所在した7世紀中葉から8世紀末に至る古代宮殿遺跡。上町台地を中心とする古代の難波の地には,古くは応神天皇大隅おおすみ)宮,仁徳天皇高津宮欽明天皇の祝津(はふりつ)宮などの宮室が置かれたと記紀は伝えている。645年(大化1)6月,飛鳥板蓋(いたぶき)宮における蘇我入鹿暗殺事件を発端としていわゆる大化改新が開始されるが,同年12月,孝徳天皇は都を飛鳥から難波長柄豊碕(ながらとよさき)に移した。

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大辞林 第三版の解説

なにわきゅう【難波宮】

古代、難波に営まれた宮城。大阪市中央区法円坂町付近にあった。遺構は四期にわたり、孝徳朝の難波長柄豊碕ながらのとよさき宮、天武朝の陪都としての難波宮(二期)、聖武朝から平安初期にかけての陪都としての難波宮にそれぞれ比定されている。仁徳朝に置かれたとされる難波高津宮は、遺構の上の確認はなされていない。なにわのみや。

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