難波宮(読み)なにわのみや

旺文社日本史事典 三訂版「難波宮」の解説

難波宮
なにわのみや

奈良時代聖武天皇のとき難波に造営された
藤原広嗣の(740)後,744年難波宮を都にしたが,翌年平城京にもどった。戦後発掘で,大阪市中央区法円坂町付近に宮址があり,聖武天皇の後期難波宮,それ以前の孝徳天皇難波長柄豊碕宮と考えられる前期難波宮の遺構が発見された。

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精選版 日本国語大辞典「難波宮」の解説

なにわ‐の‐みや なには‥【難波宮】

孝徳天皇の難波長柄豊碕宮、天武天皇の難波宮、聖武天皇の難波宮などの総称。大化元年(六四五)の難波遷都から延暦一二年(七九三)頃の廃絶まで約一五〇年間の皇都。現在の大阪市中央区法円坂町・馬場町・上町一帯にあった。

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世界大百科事典 第2版「難波宮」の解説

なにわのみや【難波宮】

現在の大阪市中央区法円坂町一帯を中心として所在した7世紀中葉から8世紀末に至る古代宮殿遺跡。上町台地を中心とする古代の難波の地には,古くは応神天皇の大隅(おおすみ)宮,仁徳天皇高津宮欽明天皇の祝津(はふりつ)宮などの宮室が置かれたと記紀は伝えている。645年(大化1)6月,飛鳥板蓋(いたぶき)宮における蘇我入鹿暗殺事件を発端としていわゆる大化改新が開始されるが,同年12月,孝徳天皇は都を飛鳥から難波長柄豊碕(ながらとよさき)に移した。

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