聖川村(読み)ひじりかわむら

日本歴史地名大系 「聖川村」の解説

聖川村
ひじりかわむら

[現在地名]志雄町聖川

子浦しお川支流の聖川流域を村域とし、川沿いに集落を形成。かつて集落南端稚児ちご池付近に「池野聖人」と称する僧が隠棲、村名はその池を水源とする川が中央部を貫流することによるという(志雄町史)正保郷帳によると高三二六石余、田方一四町二反余・畑方七町四反余、免三ツ八歩四厘。寛文一〇年(一六七〇)の村御印(聖川区有文書)では高三四〇石、免五ツ四歩、小物成は山役一〇五匁・苦竹役四匁・鳥役七匁。天保年間(一八三〇―四四)の村明細では高三〇六石余に減少、家数四三(うち頭振四)・人数二〇七、稼は苧・木綿・杪・柴。稲作のほか大麦・小麦・菜種・黍・稗・芋・蕎麦・小豆・野菜類をわずかに生産、幕末には質役銀三〇匁を課せられていた(明治元年「巨細帳」岡部文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android