腕崎検校(読み)うでさきけんぎょう

改訂新版 世界大百科事典 「腕崎検校」の意味・わかりやすい解説

腕崎検校 (うでさきけんぎょう)

江戸後期の盲人音楽家。生没年不詳。宇手崎,宇手佐喜とも表記される。名は絹(衣)一(きぬいち)。伊勢出身。1809年(文化6)三宅検校栄一を師として検校登官。松浦検校や,光崎検校の師の一山検校などと同門。とくに胡弓をよくし,藤井高尚の《弾物(ひきもの)のさだめ》(1808)にその《鶴の巣籠(すごもり)》の名演が記される。以後の京都の胡弓の伝承を腕崎(先)流と称するが,その系譜は明らかでない。尺八家中尾都山の祖父の平田家寺内検校や,江戸で山田流箏曲家に地歌三絃曲を伝えた長瀬勝男一(まさおいち)の師の鈴川検校歌通一(湯山)なども,腕崎を師として登官している。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「腕崎検校」の意味・わかりやすい解説

腕崎検校
うでさきけんぎょう

江戸時代,文化年間頃の京都の盲人音楽家。「宇伝佐喜」「宇手崎」などとも書かれる。都名 (いちな) は衣 (絹) 一。文化6 (1809) 年1月,三宅栄一検校を師として検校に登官。伊勢の出身とされる。同5年刊の藤井高尚 (本居宣長門下) 著『弾もののさだめ』に,京都東山で胡弓曲『鶴の巣籠』の名演をしたことが記録されている。

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