興意法親王(読み)こういほうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「興意法親王」の解説

興意法親王 こういほうしんのう

1576-1620 織豊-江戸時代前期,誠仁(さねひと)親王の第5王子。
天正(てんしょう)4年10月12日生まれ。慶長15年近江(おうみ)(滋賀県)園城寺(おんじょうじ)長吏となる。19年豊臣氏がたてた方広寺大仏殿の棟札前例にない銘文かき,また徳川氏調伏の嫌疑蟄居(ちっきょ)する。のち疑いがとけ,幕府の寄進で照高院を白川に再建した。元和(げんな)6年10月7日死去。45歳。名は邦慶。

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367日誕生日大事典 「興意法親王」の解説

興意法親王 (こういほっしんのう)

生年月日:1576年10月12日
安土桃山時代;江戸時代前期の誠仁親王の第5王子
1620年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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