興金寺跡(読み)こうきんじあと

日本歴史地名大系 「興金寺跡」の解説

興金寺跡
こうきんじあと

[現在地名]都城市宮丸町

年見(としみ)川の南、上平田(かみひらた)橋の東側にあったとみられる。幡龍山と号し、臨済宗京都妙心寺末寺。本尊は阿弥陀如来。山号の由来は、寺地が台地でその形が竜の臥したようにみえるからという(都城市史)。万延元年(一八六〇)の寺院由緒調控(都城島津家文書)によると北郷氏以前の当地方領主宮丸蔵人道時が菩提寺として一四世紀頃建立したといい、開山は香山。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む