日本歴史地名大系 「船生村」の解説
船生村
ふにゆうむら
[現在地名]塩谷町船生
鬼怒川左岸に位置し、西は
慶安郷帳では高一千八六三石余、田方二六〇石余・畑方一千六〇三石余、元禄郷帳では高二千四五二石余。幕府巡見使の通路でもあり、旅宿に指定されると大名の宿泊よりも大掛りであった(「巡見使記録」柿沼武夫文書)。また大名や公儀役人通行の際には、西船生・
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
鬼怒川左岸に位置し、西は
慶安郷帳では高一千八六三石余、田方二六〇石余・畑方一千六〇三石余、元禄郷帳では高二千四五二石余。幕府巡見使の通路でもあり、旅宿に指定されると大名の宿泊よりも大掛りであった(「巡見使記録」柿沼武夫文書)。また大名や公儀役人通行の際には、西船生・
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