日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヒイラギ」の意味・わかりやすい解説
ヒイラギ(海水魚)
ひいらぎ / 柊
slimy
soapy
硬骨魚綱スズキ目ヒイラギ科の海水魚の総称、またはそのなかの1種。本科魚類はインド洋および西太平洋に分布し、日本では本州以南にすむヒイラギ、ヒメヒイラギおよびオキヒイラギを除くと、ほとんどの種は沖縄県から知られている。体はほとんどの種では卵円形であるが、長楕円(ちょうだえん)形の種もいる。いずれの種も体は著しく側扁(そくへん)し、はがれやすい微小な鱗(うろこ)と粘液で覆われている。頭部には普通は鱗がない。口は管状になり、上方、前方、下方に著しく突出させることができる。主上顎骨(しゅじょうがくこつ)は前部では眼前骨の下に隠されていて、後部では広くなり下方へ湾曲し、目の下方の溝の中に差し込まれている。背びれは1基で棘(きょく)部が高く、8~9棘とそれに続く14~16軟条からなる。臀(しり)びれは3棘14軟条からなる。背びれと臀びれには棘を倒せなくするロックシステムがあり、外敵から身を守ることができる。食道を取り巻く環状の発光腺(せん)があり、そこに発光バクテリアが共生して発光する。このバクテリアは口を経て入り、繁殖したものと考えられる。発光腺は白色不透明な膜で覆われ、この膜の伸縮によって光が明滅する。また、前上顎骨と前頭骨とを摩擦させて音を発する性質がある。内湾や沿岸域に多く生息し、ときには河川の汽水域にも侵入する。
本科は過去に多くの属や亜属に分類されたことがあったが、1970年代以降は、口を前方に突出させることができるコバンヒイラギ属Gazza、口を前上方に向かって突出させることができるウケグチヒイラギ属Secutor、および口を前方から下方へ突出させることができるヒイラギ属Leiognathusの3属が認められてきた。しかし21世紀になってから、魚類研究者の木村清志(せいし)(1953― )らによってヒイラギ属が再検討(2008)されて、本属はイトヒキヒイラギ属Equulites、タイワンヒイラギ属Eubleekeria、セイタカヒイラギ属Leiognathus、ヒイラギ属Nuchequulaおよびキビレヒイラギ属Photopectoralisの5属に分けられ、それぞれに新和名が提唱された。これらのなかで注意しなければならないことは、種としてのヒイラギの属名がLeiognathusからNuchequulaに変わったために、後者がヒイラギ属になり、前者にセイタカヒイラギ属の新属名が与えられたことである。
本科には世界から約30種が知られている。そのうち日本にはコバンヒイラギ属の3種、ウケグチヒイラギ属の2種、イトヒキヒイラギ属の3種、タイワンヒイラギ属の1種、セイタカヒイラギ属の2種、ヒイラギ属の1種、キビレヒイラギ属の2種の、合計14種が生息している。
[鈴木 清・尼岡邦夫 2023年11月17日]
代表種
ヒイラギNuchequula nuchalis(英名spotnape ponyfish)は、青森県以南の日本海と宮城県以南の太平洋の沿岸、東シナ海、沖縄本島、朝鮮半島の西岸と南岸、済州(さいしゅう)島、台湾、中国の浙江(せっこう)省から広東(カントン)省の沿岸に分布する。体は卵円形で、扁平である。体高は体長の2分の1前後。尾柄(びへい)は細い。体の背腹の外郭はほとんど同様に湾曲する。主上顎骨の後縁は目の前縁に達する。頭部の背面外郭は丸く、後頭部はやや突出する。口は前下方に向かって突出させることができる。上下両顎に明瞭(めいりょう)な犬歯がない。鰓耙(さいは)は上枝に3~7本、下枝に14~20本。胸部や項部(背びれ起部より前の後頭部)から背びれ棘部基底部付近までの体の前半部は無鱗(むりん)である。側線有孔鱗数は57~76枚。体はほとんど一様に銀白色で、体の背側部に黄褐色の多数の横線が規則的に並ぶ。側線は淡褐色。側線の下方に1本の黄色~橙(だいだい)色の縦線が走る。後頭部と背びれの棘部に黒斑(こくはん)がある。尾びれの後縁は上葉では黒色で、下葉では黄色。沿岸や内湾の浅所の砂泥底や河川の汽水域で普通に見られる魚で、群れをつくる。おもに底生の小動物を食べる。産卵期は6月中旬から7月ころで、岸近くの藻の多いところに球形の分離浮性卵を産む。全長17センチメートルに達し、釣りでよくかかる。高知県では「にろぎ」とよぶ。食用となるが、体が小さくて、骨が硬く、ぬめりが多いのであまり喜ばれない。
[鈴木 清・尼岡邦夫 2023年11月17日]
ヒイラギ(常緑小高木)
ひいらぎ / 疼木
柊
[学] Osmanthus heterophyllus (G.Don) P.S.Green
モクセイ科(APG分類:モクセイ科)の常緑小高木。高さ5~10メートル。葉は対生し、卵形から長楕円(ちょうだえん)形で長さ3~5センチメートル、厚い革質で表面は光沢があり、縁(へり)に先が刺(とげ)状の鋸歯(きょし)が2~5対ある。老木になると鋸歯のない葉が多くなる。雌雄異株。10~11月、葉の腋(えき)に芳香のある小さな白色花を開く。花冠は深く4裂し、雄花には雄しべが2本あり、両性花では雌しべが発達している。果実は楕円形の核果で長さ1.2~1.5センチメートル。翌年の5~6月、紫黒色に成熟する。山地に生え、福島県以西の本州、四国に多く、九州、西表(いりおもて)島、および台湾の高地にも分布する。園芸品種が多く、ヒトツバヒイラギは小木で、全縁の葉がつく。マルバヒイラギは葉が円状、キッコウヒイラギは葉が亀甲(きっこう)状である。フイリヒイラギは葉面に白斑(はくはん)があり、そのほかフクリンヒイラギ、キフクリンヒイラギ、オウゴンヒイラギなどがある。
ヒイラギとギンモクセイの雑種といわれるヒイラギモクセイO. ×fortunei Carr.は、葉は大形で縁に鋸歯が多い。庭木、生け垣、盆栽とし、材は木目(もくめ)が密で堅いので、楽器、彫刻、器具材などにする。
[小林義雄 2021年7月16日]
民俗
ヒイラギの名は、葉に鋭い刺があり、触れるとずきずきするから疼(ひいら)ぐ木の意味であり、柊は日本でつくった和字で、初冬に花を開く木の意味である。節分に、イワシの頭をつけたヒイラギの枝葉を戸口、門口に挿して、邪鬼を防ぐ風習があり、オニノメツキ、オニオドシなどの方言もある。
[小林義雄 2021年7月16日]
文化史
ヒイラギの名は『古事記』に、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の際、ヒイラギの八尋矛(やひろほこ)を賜ったと初見する。これはヒイラギ製ではなく、矛の形がヒイラギであったとする見方もある。ヒイラギを厄除(やくよ)けに使う風習は平安時代からあり、紀貫之(きのつらゆき)は『土佐日記』の元日に「今日は都のみぞ思ひやらるる、小家の門の端出之縄(しりしめなわ)、なよしの頭、ひひらぎ等(など)いかにぞと言ひあへなよ」と書いた。その後、この風習は2月の節分に移る。ヒイラギを節分に飾るのは、鬼の目を突き退散させるためとされるが、鋸歯(きょし)のないトベラの葉も同様に使われ、平安時代に正月の習俗であったこととあわせると、中国の爆竹と同じく、葉を火にくべてはぜる音で鬼払いしたのが原型と考えられる。
ヒイラギモチはモチノキ科で、葉が互生し類縁が遠いが、ヨーロッパでは儀式植物である。現在はクリスマスに使われるが、本来は赤い実が魔除けに、中北部のヨーロッパでは数少ない常緑の広葉が冬至(とうじ)儀式に使われた名残(なごり)とされる。
ヒイラギの園芸品種は少ないが、江戸時代の『草木奇品家雅見(きひんかがみ)』(1827)には、斑(ふ)入りが7品種あがる。
[湯浅浩史 2021年7月16日]