芳士村(読み)ほうじむら

日本歴史地名大系 「芳士村」の解説

芳士村
ほうじむら

[現在地名]宮崎市芳士

新名爪(にいなづめ)村の南に位置する。「ほじ」ともよばれる。豊後街道が当村の東部を南北に縦断し、また飫肥(おび)街道が西部を通る。那珂郡に属する。天正一六年(一五八八)八月四日の日向国知行方目録に方時一二町とあり、島津豊久領。近世前期は新名爪村に含まれていたが、元禄三年(一六九〇)佐土原藩主島津惟久が従弟島津久寿に三千石を分知した際、新名爪村内の芳士を分村し、久寿領とした。元禄国絵図には二村の新名爪村が記され、高八九五石余の新名爪村が当村とみられる。宝暦一一年(一七六一)の佐土原領郷村高辻帳(佐土原島津家文書)の分知領が書上げられたなかに「新名爪村之内」とあり、村名は記されないが、高八九五石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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